ニューヨークとタイタニックの知られざる関係!残されたメモリアルモニュメントのお話

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みなさんこんにちは

今日はちょっと映画タイタニックのお話をしようと思います。

デカプリオ主演のタイタニック、映画ができてから約30年も経つんですね。
1997年はものすごい大ブームでタイタニックは誰もが観ていた映画だったと記憶しています。

さて、タイタニックはイギリス・サザンプトンを出発してニューヨークに来る予定でしたが、
氷山との衝突が原因で沈没してしまいました。

映画はかなりの精度で再現されていましたね。

実はニューヨークでは2年ほど前にタイタニック博物館が期間限定で公開されました。
姉妹船であるオリンピック号の物をたくさん使って当時のタイタニックがどのような感じだったのかを体験できるイベントでした。

気になる方!
ちゃんと動画にしてあるので、是非一度ご覧ください。
今の段階でなんと6万回以上も再生されました!

さて、ここからは動画では出てこない話を少し。

まず、これはなんでしょう!

これはニューヨークの音楽家協会Local 802に掲載されているメモリアルプレートです。

タイタニックで最後まで演奏していた楽団の人たちはニューヨークから派遣されて行った人たちなんですね。

なので、ニューヨークの音楽家協会には今でも追悼の意味も含めてこのプレートを掲げています。

続いてこちら!

このゲート、何かわかりますか?

ここは新しいハドソン側に浮かぶ公園のリトルアイランドの前にあります。

なんとここはタイタニック号が停泊する予定だった桟橋の場所なんです。

タイタニック号が来なかったので、カルパチア号がこの場所に停泊しました。

今でもタイタニックのメモリアルとして残されています。

そして、こちら!

これはホテル・ジェーンです!

このホテルは老舗のホテルなんですが、

タイタニック号の沈没で助けられて生き延びた人が到着後に泊まったホテルなんですよね。

このホテルも今もまだ現存しています。

次に最後!

ここはサウスストリートシーポートの入り口にあるタイタニック記念公園です。

この灯台は実際に使われていた物ではなく、記念公園用に作った物なのですが、

豪華客船の事故で亡くなった乗客と乗組員を追悼してマーガレットブラウンが先導して

作られました。

マーガレットブラウン?誰?それ?という感じでしょうが・・・

この顔を見ると・・・

なんとなく映画での登場人物がすぐに思いつくのではないでしょうか。

私の動画の中でも紹介していますよ。

というわけで、今日はタイタニックとニューヨークのお話でした。

ではまた!

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